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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(あ)399号 判決

本藉並びに住居 名古屋市瑞穗区柳ヶ枝町二丁目六五番地

飮食店経営 早川重子 大正七年一〇月二三日生

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人飯野豊治の上告趣意について。

自己の住所で軽飮食店を経営する者が、満十七歳の住込女中と客に数回に自宅の一室を提供し同女をしてそこで数回に数名の客に売淫をさせ、同女が売淫によつて得た対価を蒲団代等の名義で折半取得する行為はたとえ右売淫が児童である同女自らの意思に基く場合であつても児童福祉法三四条一項六号の児童に淫行をさせる行為に該当すると解するを相当とする。児童を一定の場所に泊めておいて暴力又は脅迫により或は前借金があるのに乗じて逃げられないようにし、客を取るべく余儀なくさせるような有形無形の情勢を行為者がつくり上げることはこの犯罪の構成上必しも常に必要な要件ではない。されば右と同趣旨にいでた原判決の同法条に関する解釈は相当であつて、所論違憲の主張は前提を欠き採用し難い。(第一審判決を見るに、その認定した事実の要旨は、被告人は肩書住所で軽飮食店を経営中判示○つ○(昭和一〇年八月生当時満十七才)を住込女中として雇い入れ昭和二八年二月始頃同女をして自宅二階六畳の間に於て年令二十五、六才商人風の客に売淫せしめた他、同年五月二二日頃までの間数回に同所に於て数名の客に売淫せしめ以て児童に淫行をさせたものであるというにあり、同判決はこの事実を戸籍謄本、○つ○の検察官に対する供述調書、被告人の第一審公判廷に於ける供述によつて認める旨を示した上、なお、これらの証拠から、被告人が汁粉や蕎麦の客に自宅の一室を提供して宿泊せしめ、使用の児童が売淫によつて得た対価を蒲団代等の名義で折半して取得した事実をも窺知し得るとしてこれを認めていることは判文上明白である。第一審判決の認めた以上の事実の余体は、要するに、被告人は自己の住所で軽飮食店を経営中、右○つ○を住込女中として雇い入れ昭和二八年二月始頃当時満十七才であつた同女をして自宅二階六畳の間において年令二十五、六才商人風の客に売淫せしめた他、同年五月二二日頃までの間数回に同所において自宅の一室を提供し客に宿泊をもさせて数名の客に売淫せしめ同女が売淫によつて得た対価を蒲団代等の名義で折半し同児童に淫行をさせたものである、というにあるから、第一審判決の認定した事実は児童福祉法六〇条一項、三四条一項六号に当るのであつて、同判決を肯認した原判決には法の解釈を誤つた違法はない。

また記録を調べても刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同法四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

○昭和二九年(あ)第三九九号

被告人 早川重子

弁護人飯野豊治の上告趣意

右の者に対する児童福祉法違反被告事件(昭和二九年(あ)第三九九号)に付、上告の趣意を次の通り陳述する。

第一、原判決は法律の解釈を誤り憲法第三十一条及び第三十九条に違反して居るから破棄せらるべきである。

1 児童福祉法第三十四条には何人も左の各号に掲げる行為をしてはならないとしてその第六号に児童に淫行をさせる行為を掲げて居るが、これは児童が淫行することを禁止すべき義務を総べて人の負わしめたものではない。例へば児童を直接相手方として性交することはその行為自体は不都合であるにしても、本法が直接に刑罰を以て禁止して居る行為ではない。又純粹に児童自らの意思に基ずいて淫行した場合も本号に該当しないと考うべきである。(評論社コンメンタール社会保障法中児童福祉法第三十四条解説参照)児童を一定の場所に泊めおいて、逃げようとすれば暴力又は脅迫により前貸金をかさにして、逃げることができないようにし、客が来れば客を取らねばならないような情勢を有形無形に造り上げていることが客観的に認められるときは本法により当然罰せらるべきであるが、本被告事件に於ては児童を暴力又は脅迫によつて逃げないようとしたのでもなく、又客が来れば客を取らねばならないような情勢を有形無形に造り上げていたと云うこともなく、○村○つ○と云う不品行な児童が全く自発的に特定せる男と性交を営み、その相手の男等から貰つた金の一部を被告人が受取つたに過ぎない。このことは同人の検察官に対する供述調書に明瞭に現れて居る事実であつて被告人の行為は何等処罰に値しない行為である。第一審判決及び第二審の判決は右の弁護人の主張を顧みず、ほしいままなる独断によりこれを却けた。児童福祉法第三十四条第六号が児童に外部より圧力を加えて児童に淫行させる行為を禁止している法意を不当に拡張して解釈し刑事責任なきものにまで、これを負わしめているのは罪刑法定主義に反するものと云わねばならない。刑罰法規が或る無理なる解釈をしなければ現下の実情に即しない点があるにしても、新に立法せられるまではやむを得ないことであると信ずる。

以上

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